天才数学者(1)-ラマヌジャン- -真があって運の尽き-

百科事典全26巻読破のビブリオマニア・麻理の心の琴線に触れたセンス・オブ・ワンダー(コラム&日記)
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真があって運の尽き

天才数学者(1)-ラマヌジャン-

【カテゴリ:センス・オブ・ワンダー】 | |
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数学界のアインシュタインと言われるシュリニヴァーサ・ラマヌジャン。彼は1887年、インドのバラモンの家系に生まれました。

上位カーストでありながら貧しかったため、15歳で手にした初等数学の本だけを先生に独学で数学を学びました。しかしあまりに優れた彼の理論は、当時のインド数学界に理解されることはありませんでした。

彼は友人の薦めで、英国の数学者たちに論文を送りました。ケンブリッジ大の大数学者・ゴッドフリー・ハロルド・ハーディは論文のすばらしさに驚嘆し、すぐに大学にラマヌジャンを招きました。ハーディーはラマヌジャンを「自分とは桁違いの天才」と賞賛しました。

ラマヌジャンはハーディーとの共同研究で、次々と画期的な論文を発表しました。しかし1917年に結核に冒され病に倒れます。

1920年に亡くなった時に残された彼のノートには、証明法が書かれていない数千以上の数式が記されていました。その後数多くの数学者が証明に取り組んだものの、現在もなお完全に解明されていません。

彼の天才性を示す有名なエピソードをご紹介しましょう。療養中のラマヌジャンを見舞ったハーディーが言いました。

「ロンドンからのタクシーのナンバーは1729だったよ。つまらん数だね」

ラマヌジャンはこう反論しました。

「そんなことないよ。面白いじゃないか。それは2つの整数の3乗の和に分解できて、かつその方法が2通りある数の中で最小のものだよ」(1729=12×12×12+1×1×1=10×10×10+9×9×9)

証明法のない数式は、夢の中でナマジリという女神が教えてくれたものだそうですよ。32歳の若さで亡くなったのはとても残念ですが、数学の女神に愛され、自分の理解者と共に仕事に打ち込めたラマヌジャンを、凡人の私はちょっとうらやましく思うのです。【麻理】

無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン
ロバート カニーゲル Robert Kanigel

工作舎 1994-09


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初出:2005年 1月 6日

再掲載:2013年05月09日

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